要約
- DCFは予想FCFの現在価値の合計
- DCFはFCFの予想部分と残存価値の2つの部分に分かれる
- DCFが100%正確であることはない
- FCFの予想モデルは様々なパターンがあり、パターンを組み合わせて使用することも可能
- シナリオ分析をすることでより柔軟に事業価値を測定できる
導入
前のページでは、企業のフリーキャッシュフロー(FCF)を現在価値に直すための割引率、WACCについて紹介しました。このページでは実際にFCFとWACCを用いてどのように事業価値を算出するか(インカムアプローチ)紹介します。企業価値(FV)の算出に当たってはDCFで出した事業価値に非事業資産の価値を足す必要があります。
以前FCFには2種類あると紹介しましたが、このページでFCFはFCFFのことを指します。
今回は企業価値を算出することを前提としていますが、企業以外でも不動産、プロジェクト、その他の資産のFCFの予想を立て、DCFの手法を用いることで、それらの価値も計算できます。
DCFを計算するためのサンプルエクセルシートはこちらからダウンロードできます。
- 要約
- 導入
- DCF(Discounted Cash Flow)を用いた企業/不動産/プロジェクト価値算出手順
- DCF(Discounted Cash Flow)の基本構造
- 残存価値(Terminal Value, TV)
- DCFの短所と対処法
- 様々なFCFの予想モデル
- 感応度分析(Sensitivity Analysis)
- FCFEを用いるDCF
- 参考書
DCF(Discounted Cash Flow)を用いた企業/不動産/プロジェクト価値算出手順
まずは、DCFを用いる際、どのような手順で企業価値を計算するかを図を使って紹介します。
上記のエクセルこのすべての手順をカバーしていますが、このページでは主に、3,4番目の手順に関して紹介します。
FCF(フリーキャッシュフロー)、割引率(WACC)については以下のページを参照してください。
DCF(Discounted Cash Flow)の基本構造
DCFは前ページで紹介した通り、予想FCFを現在価値に直した合計が事業価値となります。つまり、以下の図のようにまず、FCFを現在価値に直す必要があります。
WACCを使い、各年のFCFを現在価値に直します。1年後であれば、(1+WACC)、2年後であれば(1+WACC)^2、、、n年後であれば(1+WACC)^nでFCFを割ります。従って、DCFで測る事業価値は以下の図のように計算されます。
また、式で表すと以下のようになります。
※資本構成やリスクフリーレートなど、WACCの変動が予見される場合は予想される将来のWACCで将来の予想FCFを割り引く必要があります。例えば、3年後にWACCが変わると予想される場合、x年後の(=3年後以降)の予想FCFは(1+現在のWACC)^2(1+将来のWACC)^(x-2)で割り引きます。
しかし、企業は永遠に継続することが前提であるため、この計算とFCFの予想がこのままでは永遠に終わりません。そこで、必要なのが以下の概念です。
残存価値(Terminal Value, TV)
上記のFCFの予想や計算の問題を解決するのがこの残存価値(TV、ターミナルバリュー)と呼ばれる概念です。一定期間までの予想FCFはWACCで割り引き、それ以降の事業価値はTVとして別の手法で計算します。従って、n年目までFCFを予想し、それ以降をTVとするDCFでの事業価値は以下の図のようになります。
また、これを式で表すと以下のようになります。
※上式でn-1年後までの予想FCF現在価値合計としているのは、n年後の予想FCFをTVに入れているからです。厳密にはTVの中にn年後の予想FCFを入れないとする説もありますが、実務上n年後の予想FCFがTVに大きな影響を与えることからn年後予想FCFはTVに入れておいた方がベターです。
残存価値の計算方法
企業価値計測における残存価値の計算方法は主に以下の2つです。
- 継続価値...FCFの予想最終年度以降の成長率を一定と仮定し算出
- マルチプル...FCFの予想最終年度にマルチプルをかけて計算
これらの計算方法はFCF予想最終年度での残存価値を算出することになるため、残存価値計算後、現在価値に直す必要があります。このページでは継続価値による計算方法を紹介します。マルチプルはこちらのページを参照。
継続価値
この方法では、FCF予想最終年度(n年後)以降の成長率を一定と仮定し以下の式で算出されます。(下記の残存価値はn年後時点での価値であるため(1+WACC)のn乗で割り、現在価値に治す必要があります。)
※上式は数学の無限級数(高校数学)によって導かれた式です。導出についてはここでは省略します。
この式における一定成長率(永続成長率という呼称の方が一般的)は業界の長期幾何平均成長率とするのが一般的です。現在の日本では高くても2%程度です。実務では多くの業界で0%が用いられています。また、業界の長期成長率がWACCを上回ってしまう場合はこの手法は使えません。
従って、継続価値を使って事業価値を算出するには以下の式のようになります。
※追記:上式で最終項は(1+WACC)のn乗で割る必要があります。
※FCFの予想を超長期間に渡って行う場合では、名目GDP成長率とすることもあります。なぜなら、どんな業界の成長率も最終的には名目GDP成長率を上回れないからです。
残存価値の計算における注意点
残存価値は事業価値における割合がかなり大きいため、計算をする際には以下の点に注意が必要です。
- 予想最終年度のFCFが適切か...業界のビジネスサイクルの影響で高すぎ/低すぎないかetc
- 一定成長率が適切か...業界の平均成長率は適切か
いつまでFCFを予想するか
いつまでFCFを予想するか、いつ以降をTVとして扱うかは主に業界によって異なります。
一般的な株式投資では大体3-5年後までのFCFを予想します。FCFの予想期間が伸びれば伸びるほど手間がかかり、予想の精度も落ちるためこのくらいが実務的には妥当なところです。
もし投資期間が3-5年を超える超長期投資であれば、10年以上、インフラなど超長期のビジネスを行う業界であれば20年以上のFCFを予測することもあります。
DCFの短所と対処法
DCFは正しく使うことができれば完璧な方法ですが、実際には完璧には行えない、手間がかかるなどの欠点を持っています。そこで、DCFの短所とその対処法について紹介します。
DCFの短所
- 少しの数値の変化で大きく企業価値が変わってしまう...FCF、WACCの計算に必要な項目の値が少し動くだけで大きく企業価値が変わってしまうことがあります。つまり、恣意性が多く介入する余地があります。
- DCFを使って企業価値を算出するには大きな手間がかかる...DCFには多くの項目が企業価値の計測にかかわることから手間が大きいという問題があります。
これらの問題からDCFによる計算は「100%正確」ではないと割り切って使う必要があります。そして、DCFによる企業価値の計測はマルチプルで企業価値が正当にできない場合の最終手段として用いることが株式投資では一般的です。
また、投資家として、DCF法を用いているレポートを読む場合はあまりにもおかしな前提を用いていないかを確認することが重要です。
DCFの短所の対処法(感応度分析)
感応度分析とはDCFにあたり、精度が低く、少しの変動で企業価値に大きな変動をも起こす要素に複数の数値を入れて企業価値の変動を確認することです。以下が感応度分析の対象となる項目です。
- WACC...特にマーケットリスクプレミアムは捉えにくく、変動しやすいため、感応度分析の対象になります。±1%程度の変動があった際にどうなるか確認するのが一般的です。
- TVの成長率...この成長率の変動が与える影響は大きいため感応度分析の対象になります。±1%程度の変動があった際にどうなるか確認するのが一般的です。
- FCF...EBITや売上が楽観、予想通り、悲観等にわけてFCFの予想のパターンを作ります。これを特にシナリオ分析と呼びます。
様々なFCFの予想モデル
DCFの基礎となるFCFの予想モデルの種類によってDCFの計算方法も変わります。そのため、FCFの予想モデルの様々な種類とDCFでの計算方法を紹介します。
以下で紹介される手法に限らず、以下を組み合わせた様々なFCFの予想モデルが存在します。
nステージモデル(マルチステージモデル)
先ほど紹介した、各年度のFCFをある時期まで予測し、その後を残存価値として扱うFCFの予想方法をnステージモデルといいます。なぜなら、各年度のFCFをそれぞれ算出しているため、以下の図のようにn個の成長率があるからです。
1ステージモデル
最もシンプルな方法で、ずっと成長率が一定と仮定します。また、マルチプルの理論計算式にもなります。従って、1年後の予想FCFを継続価値の計算に当てはめ、現在価値に直したのが事業価値になります。以下が1ステージモデルにおける計算式になります。
2ステージモデル
予想FCFを以下の2つの期間にわけるモデルです。
- 高成長期...高い成長率で一定となる期間。
- 永続成長期...低い成長率(永続成長率)が一定となる期間。原則3%以下です。
以下の図が予想FCFの成長率の例です。
この例での事業価値は以下の計算式で算出されます。
※やや複雑な式になってしまいましたが、1,3行目は継続価値の計算方法に基づいて、高成長期と永続成長期が永続する場合の現在価値を算出しています。しかし、これでは高成長期がn-1年後に終了することから重複が出てしまいます。そこで2行目では、1行目で余分に足したn-1年後以降の高成長期を継続価値の計算方法に基づいて算出し、それを現在価値に直して引いています。
3ステージモデル
予想FCFを以下の3つの期間にわけるモデルです。
- 高成長期...高い成長率で一定となる期間。
- 成長低減期...高い成長率から永続成長率に徐々に下がる期間。
- 永続成長期...低い成長率が一定となる期間。原則3%以下です。
以下の図が予想FCFの成長率の例です。
このモデルで事業価値を算出する場合、2ステージでの計算方法を用いて高成長期と永続成長期の継続価値で計算し、そこに成長期低減期のFCFの現在価値を足すことで計算できます。
感応度分析(Sensitivity Analysis)
シナリオ分析
3シナリオモデル
一般的なシナリオ分析のモデルです。予想FCFを以下の3パターン作り、それぞれの場合での事業価値を算出します。
- ベースシナリオ...50%以上の可能性で起きると考えられるシナリオ。
- 楽観シナリオ...25%程度の可能性で起きると考えられる、将来を楽観的に予想した際のシナリオ。
- 悲観シナリオ...25%程度の可能性で起きると考えられる、将来を悲観的に予想した際のシナリオ。
これらのシナリオを考えるとき正確に可能性を把握することは難しく、厳密である必要はありません。楽観/悲観シナリオが起こり得ないほど極端に楽観、悲観していなければ問題はありません。
シナリオ分析をしておくと想定と異なる業績が上がってきた場合、クリティカルファクターの発生パターンがいくつかある場合に対応できます。
モンテカルロシュミレーション(MC-DCF)
FCFの計算に影響するインプットを確率分布を用いて代入し、シュミレーションをする手法です。確率分布関数の正確性を担保することが難しいことから個人投資家には難易度が高い手法です。
シナリオ分析でも十分な感応度分析になるためここではその存在の紹介にとどめておきます。
FCFEを用いるDCF
FCFEをDCFで使うことによる最大のメリットは株式の本源的価値を直接算出できることです。予想FCFEを株主資本コストで割り引くことで現在価値を合計することで株式の本源的価値を算出することができます。
参考書
合わせて2冊業界本を紹介します。どちらも全2巻です。
投資における業界本です。海外名門のMBAなどでも投資の教科書として使われており、グローバルで読まれている本です。FCFEに関しても記載があります。

- 作者: ツヴィ・ボディー,アレックス・ケイン,アラン・J・マーカス,平木多賀人,伊藤彰敏,竹澤直哉,山崎亮,辻本臣哉
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2010/03/26
- メディア: 単行本
こちらもコーポレートファイナンスにおける業界本です。インベストメント同様海外でも広く読まれています。インベストメントより理論(企業金融)重視の本です。